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福岡高等裁判所 昭和31年(う)72号 判決 1956年4月14日

控訴人 被告人 三池光雄

検察官 青山良三

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は弁護人鶴和夫掲出の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

同控訴趣意第一点(一)について。

よつて記録を精査するに、起訴状記載の訴因には「金地金合計九百グラムをよう解、加工したものである」とあるところ、所論も認めるとおり検察官は昭和三〇年八月二日の第二九回公判期日において、起訴状記載の訴因中「よう解、加工」とある部分をすべて「加工」と訂正すると陳述しているから、これにより起訴状の訴因は訂正され処罰の対象が加工行為たること極めて明白になつたものというべきを以て所論の如き訴因不明確の点は毫も存しない。尚右訴因における加工の客体は金地金約九百グラムであつて、その後の訴訟手続発展の経過に徴すれば、右金地金は即ち刀剣附属金具その他金地金の加工品等をいつぶして得た金地金なることが極めて明白であるから、加工の客体が特定していることにつき疑を容れる余地は存しない。以上のとおりで本件起訴状は刑事訴訟法第二五六条第二項に違背するところなきを以て論旨は理由がない。

同控訴趣意第一点(二)について。

しかし、原判決挙示の証拠殊に被告人の検察官及び司法警察員に対する各供述調書によれば、被告人が模造大判に加工するため北村秀尾に交付した物件は刀剣附属金具のみならず、磨滅した大判、こうがい、やすり屑等が存在していたことが認められるから、原判決が「刀剣附属金具、その他の金地金の加工品等」と判示したのはまことに相当であり、原判決に事実誤認の違法は存しない。論旨は理由がない。

同控訴趣意第一点(三)、(四)について。

しかし、起訴状記載の金地金は所論の如く金を用いた製品たる刀剣附属金具等自体を謂うものではなくして、これ等をいつぶして得た金地金を指すものなることは記載の文言とその後の訴訟経過に徴し極めて明らかであるから、検察官が起訴状に「金地金をよう解、加工し」とあるのを「金地金を加工し」と訂正したのは相当であり、毫も公訴事実の同一性を害するものとは謂われない。論旨は理由がない。

同控訴趣意第二点について。

貴金属管理法(昭和二五年法律第一二八号)は先ず第一条において、この法律は貴金属を国際収支の改善その他の国民経済上最も有効な用途にあてるため、これを政府に集中するとともに、その取引及び使用を調整することを目的とすると規定し、第三条第四条において、貴金属地金を工業的方法により取得、回収した者は原則としてすべてこれを政府に売却すべきことを命じ、第七条乃至第九条において、政府は法定の用途に供する者に対してのみ貴金属地金を売却するものとし、更に第一二条において金地金及び法定の除外物品以外の金地金とみなされる金製品等については、法定の除外事由にあたる場合を除き、すべて主務大臣の許可を受けなければ取引、よう解、加工してはならないものとし、なお第一三条において、これに違反した取引を無効とし、第二四条以下において、以上の諸規定に違反する行為を処罰することとし、以て第一条所定の目的達成を期していることが看取される。かくの如く同法が国内に存する金地金(工業的に取得、回収したものでないもの)及び金地金とみなされる金製品等の自由な移動、変形を原則として禁止し乍ら、他面第一二条第三項第一号但書、昭和二五年五月一日大蔵省告示第三〇二号を以て、同告示所定の金製品等については第一二条第一項の取引、よう解、加工に対する制限規定を適用しないこととし、その自由処分を許容している法意を探究するに、前叙の如き本法の目的、趣旨を参照し且つ右告示により制限規定適用除外物品として指定されている各種金製品の品目を仔細に観察すればこれ等の物品はその数量において僅少であるから、その含有する金の価値もさること乍ら、寧ろ美術品、骨とう品、じゆう器、身辺装飾用品としての存在価値に重点を置いてこれを尊重し自由に利用させることが国民感情に副う所以であるとともに、法第一条の目的達成を阻害するものでないとしたためなることが窺われる。従つてかかる律意に鑑みれば、前記告示指定の各種金製品が自由処分を許されるのは当該金製品としての形態を保持する間に限らるべく、一旦その形態を変じて右物品に該当しないものとなつた場合はその瞬間直ちに前記制限除外規定たる第一二条第三項第一号但書の適用を受けなくなり同条第一項の制限規定の適用を受くるに至るものと解すべく、しかもその形態の変化はそれが終局的に生じた場合たると、他の物品に加工の過程において一時的、中間的に現われた場合たるとを区別して取扱うべき理由は存しない。このことは法第一二条第一項所定の許可を受くべき場合として、昭和二五年五月一日大蔵省令第四二号金地金使用規則第二条第三号において、金を用いた製品――(これが前記告示指定の金製品なることは第一条と対照すれば自ら明らかである)――を金地金にし――(即ち終局的ではなく加工の過程において一時的に金地金に還元する趣旨なることは文理上明らかである)――これを以て前二号に掲げる用に供する場合を挙げていることに徴してもその然る所以が首肯される。これを本件について観るに、原判決挙示の証拠によれば刀剣附属金具、こうがい等の金製品をるつぼに入れてとかし、これを鉄箱に流し込んで大判の形にした後刻印、茣蓙目を打つて模造大判を造つたことが認められるから、刀剣附属金具等はとかした瞬間従来の形態を喪失し法が自由処分を許容した物品でなくなると同時に、一時的ではあるが所謂金地金の状態に変形し法第一二条第一項の制限規定の適用を受けるに至つたものと謂わねばならない。尤も、被告人の検察官及び司法警察員に対する各供述調書によれば、原判決第一犯罪表の一の模造大判二枚は大判二枚を改鋳したものなることが窺われるけれども、記録によれば右大判は茣蓙目等が磨滅し大判の完全なる形態を失つて法第一二条第三項第二号所定の物件に該当するに至つていたことが窺われるのみならず、これを改鋳したものであるからその過程において一時金地金の状態を現出したことが窺われる。所論は要するに、法第一二条第一項の加工とは附属金具等を材料とし新たに金製品を製作することで、材料をとかして新製品を造る中間において金塊の状態が一時存在しても、それは当然加工に吸収されて独立の法的評価を受くべきでないから、自由処分を許された刀剣附属金具をとかして模造大判を造つても刀剣附属金具に加工して大判を造つたものに過ぎない。その加工の工作過程におけるとかして金塊となつた一時的現象を捉えて金地金と観るのは法律の解釈を誤つたものであると謂うのである。しかし、法の解釈は法律の目的に即して合理的に解釈すべく、同一用語と雖法令によりてはその解釈を別異にすべきことあるは当然である。加工の意味についての所論は他の法律解釈においては或は首肯されるであろうが、本法の目的と制限除外規定を設けた趣旨に鑑みれば、刀剣附属金具に加工して新製品を造る過程の一時的現象を捉え金地金として取扱うことはまさに貴金属管理法の本旨に副うところであり、又加工を単に製造のみに限定すべき根拠はなく、補修、改造も亦加工の一範疇に属するものと解するのが相当である。なお金地金とはその価値が専らその含有する金に在ることは所論のとおりであるが、右価値は主観的判断によるべきものではなく客観的に評価さるべきものなるところ、刀剣附属金具等をとかした大判製造直前のものと雖客観的には矢張りその価値が専らその含有する金のみに在るものと謂わねばならないから、これが金地金に該当すること勿論である。従つて原審が挙示の証拠により原判示事実を認定し、これに貴金属管理法第一二条第一項第二四条第四号を適用処断したのはまことに相当であつて原判決に事実誤認、法律解釈の誤りは存しない。論旨は理由がない。

同控訴趣意第三点について。

よつて記録を精査するに、原審において取調べた検第四四号の一乃至五、原審証人尾形秀夫の証言によれば、本法施行当時大蔵当局は新聞広告、ラヂオ放送、説明会等により自由処分を許された金製品と雖これを潰して他の金製品、補修、改造等の用に供する場合は大蔵大臣の許可を得なければならないことにつき、一般周知徹底させる方法を構じた事実を認め得べく、該事実を原判決拳示にかかる被告人の検察官に対する各供述調書に参照して考察すれば、被告人が当時所論の如く刀剣附属金具等を許可なくとかして加工することが許されていると信じていた事実は到底認められないのみならず、仮にかく信じていたとしてもそれは事実の錯誤ではなく、単なる法律の不知に過ぎずして犯意の成立を阻却するものとは謂い難い。論旨引用の判例は本件に適切でない。論旨は理由がない。

そこで刑事訴訟法第三九六条に則り本件控訴を棄却すべきものとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 西岡稔 裁判官 岡林次郎 裁判官 中村荘十郎)

弁護人鶴和夫の控訴趣意

第一点本件公訴は刑訴三三八条四号又は三三九号一号によつて棄却さるべきである。

(一) 原判決に摘示する「刀剣附属金具その他の金地金の加工品等を溶解して得た金地金約九百瓦を使用しこれを大判模造品九枚に加工し」たとの事実は、検察官の昭和二十六年十一月二十九日付公訴に係る「金地金合計約九百グラムをよう解加工したもの」たる事実を、「溶解加工した」との中の溶解は単なる事情の説明であると釈明し(記録第二五三丁、以下単に数字を記録して表示する)起訴状記載「よう解」を加工と訂正するとの陳述(三八四)をした手続によるところに応じたものである。そこで、(1) 起訴状記載の公訴事実は、「訂正」されたものであることは瞭であるけれども、これは単に字句を訂正したものか又は訴因を変更したものか瞭でない。検察官の直接的陳述では字句の訂正と理解され、その公訴事実に対する前示竝に他の(一二九)陳述によれば訴因が変更されたものの様にも理解さるる。右は、訴因の明確を欠く場合に該当し、刑訴二五六条三項に違背して無効のものであるから、本件公訴は棄却されねばならない。(2) 起訴後の場合竝に訂正された公訴事実の場合にあつては、加工の客体が、三池から北村に交付された貴金属管理法第十二条三項一号但書(以下単に法と記載し、右但書と記載する)、昭和二十五年五月一日大蔵省告示三〇二号(以下単に告示と記載する)に記載する物件(以下単に附属金具と記載する)を指すのか、或はその加工工程中に融解状態に至つた金属を指すのかが瞭でなく、客体の同一性があるのか否か判らない。この点も(1) 記載と同旨の理由によつて、公訴棄却さるべき理由たる場合に当る。

(二) (1) 三池が模造大判に加工するため北村に渡した金加工品には附属金具以外のものがあつたとは証拠上認め離い。金杯などを一旦は渡しているけれども、不適品として戻されている事実があり、模造するについて右文書等で品質まで純正にしやうとした事実があることから考えて模造大判に加工するには旧い附属金具でなければならなかつたのであろう(一二四-七、一三四、一六三、一六七、一八四、二六九、二七四-八〇、三六八-七一、三八六-八)三池等の供述調書の記載に「金地金」と表示されたものがあるけれども、その具体的内容が公判供述で瞭にされているので、その「金地金」とは附属金具であると理解する外はない。(2) それで三池が北村に加工すべきものとして交付した金地金は法十二条三項一号に金地金と看做さるるものであつたけれども、同号但書により右告示六に指定されるものであつて、金地金と看做すことから除外された物件であつたのである。(3) 原判決が「……その他の金地金の加工品等」と表示して、附属金具以外のものを使用した旨判示したのは右の証拠事実にてらし、証拠に基かない事実認定、事実誤認に陥つた結果である。(4) 尚、三池の供述調書の記載によれば、附属金具を模造大判に加工した際生じた「やすり粉の金粉」(一七一)が(3) 記載の「等」に該当するとの考え方があるかも判らないが、これはこれとして右告示の八、「金粉」に当るので、検討の経過に些かの違いがあつても、結論は附属金具の場合と同一である。

(三) 右の理由によつて三池が北村に交付し、北村が模造大判に加工した物件は、法十二条三項一号で金地金と看做され同条一項本文で無許可取引、溶解、加工を禁ぜられる関係にあり乍ら、右告示によつて無許可取引、溶解、加工が禁ぜられない除外例に該当する物件である。

(四) 検察官は、起訴状本文記載公訴事実の「金地金」は、その後の立証経過に瞭かな通り、附属金具自体を指すことが瞭であるに係はらず、公訴事実を訂正して溶解の字句を削り(三八四)以て公訴事実に摘示する金地金は附属金具を融解(よう解ではない!)して得た金地金を摘示するものの如く換骨脱胎して公訴を維持しやうとし、弁護人はこれに異議を挟まなかつたのである。然し乍ら後述する如くく、附属金具をよう解するとは、これを液体中に均質に溶かす事を云ひ、加工とは動産に工作を加え新物件を製作することを謂ふのであるが、検察官はよう解を融解に誤解して融解する工程を法所定の溶解と解釈してその工程行為の終了により新なる金地金そのものを生ずる場合ありとし、これをよう解と理解して、法によう解とあるを以て融解を一個の独立した行為と評価し得ると誤解したのではあるまいかと思はるる。而して起訴状本文に溶解加工と記載しているけれども溶解と加工とは全く別個の範疇に属する事実であり、よう解することも加工することも罪とならない場合であるから、附属金具をよう解したにしても加工したにしても罪とならない事実を起訴したのである。それで附属金具ではなく、附属金具を融解して生じた金地金を客体として起訴したのではないからこの訂正は公訴事実の同一性を有する場合には当らない。即ち、公訴が棄却さるべきことについては、同一の結論に達すると謂ふ外はない。

第二点、原判決は罪とならない事実を有罪と判断したあやまりがある。

(一) 三池が北村に交付し、北村が模造大判に加工した金加工物は、附属金具だけであつて、従つて法十二条一項から除外されたものであることは第一点(二)(1) (2) に記載したところであつて、茲に援用して再びしない。然るに原判決が、附属金具以外の物件をも使用した旨判示したのはあやまりであること、「やすり粉の金粉」を一旦交付されて更に同人に三池が交付したことは右告示八、によつて罪とならない事実に当ることは、第一点(二)(3) (4) に記載したところであるから、茲に援用して再びしない。

(二) 原判決は、「刀剣附属金具その他の金地金の加工品等を溶解して得た金地金約九百瓦を使用しこれを大判模造品九枚に加工」したと事実認定したがこれは左の諸点において事実誤認乃至事実の法的評価をあやまつたものである。(1) まづ、「金加工品を溶解した」と判示しているが、その様な事実は証明されて居らず、且全く存在しない。よう(溶)解とは「物質が液体中に溶けて一様な液体を生ずることを謂ひ、溶けた物質を溶質、溶質を溶解する最初の液体を溶媒、溶解によつて生じた新しい液体を溶液といふ」(平凡社版、大百科事典)のであつて、「金」の場合は、青酸化物、(CN)王水(硝酸と塩酸の溶液)水銀に溶解する場合を殆んどとするのであり、その溶液たる生成物は右告示八、に指定されているところである。即ち本件の場合には全く惹起する余地のない事実を指して居り、金地金の加工品を溶解することによつて金液又は鍍金液を得ることは出来るが金地金を得ることは物理的に不可能である。(2) 工程として、証拠上顕出さるる事実は融解である。融解とは「固体が加熱により液体に変ずる現象をいふ」(前事典)のであるから「工作を加え新物件を製作」する過程中の一物理現象である。原審においては、被告人を除く訴訟関係人は「よう解」を融解と読みあやまつているのではあるまいか。法十二条一項には「融解」することを禁ずる規定は存在しない。何となれば「融解」は一個の独立した行為として評価さるべき現象ではなく、「加工」に包含吸収さるる事実であるからである。法十二条には、よう解、加工を取引と共に行為の範疇として掲記しているが、融解することを掲記していないのは、右の理由によるところである。融解して金地金を得て、行為の結果を認識し法二条二項の価値判断を齎す場合とは自ら異る行為範疇に属する。(3) 「加工」とは、弁護人の菲識の範囲では、民法第二四六条に規定されて居り、判例ではこの場合他人の物の謂に判示されているけれども、「加工トハ他人ノ動産ニ工作ヲ加エ新物件ヲ製作スル謂」(大審、大一二(れ)一六五二号、大審刑集三巻四〇頁=大審大八(オ)六四五号大審民録二五輯二一一四頁)となつているので、本件の場合には、法一二条一、三項所定の物件に工作を加え新物件を製作するの謂と解して誤あるまい。また、単に修繕を施すことは、他材料を添加しても「加工」に該当しないとの判例があることも指摘しておかねばならない(前示六四五号)。(4) それで加工と融解との関係は、次の如くであると判断されねばならない。(イ)「加工」とは附属金具を材料として、これに他の材料を添加し又は添加しないで、新たな金製品を製作することであるから、材料たる附属金具が附属金具としての価値を失ふ過程が必ず存在する。そして新製品としての価値が金金属たる価値より低い段階が必ず存在するに相違ない。この過程中に附属金具でもなく新製品でもない状態が存在するわけであつて、この状態が或は融解された金金属塊の状態があるであろう。然しこの金塊は、それ自体が工作の終局過程ではなく新製品に進行するために必ず経過する状態である。そこで、工程として或は冷却した金塊の状態が存在する場合もあるかも判らないが、証拠物たるルツボの形態大小による容量模造大判の容積を比較すれば後者は前者の三分の一にも及ばず、唯一回の融解工程によつて一枚の模造大判が製作出来ることが瞭であるから本件の場合には融解したのち冷却した金塊の状態があつたとは考え難いので、尚更これはあくまで附属金具から新製品を加工する一過程であるから、「加工」の行為に吸収されて、独立した法的評価を受くベきではない。(ロ)融解は、(イ)に記載した過程として生じ得る場合と、融解それ自体、即ち融解を最終工程とする加工があるわけである。そして、後者によつて得られた新製品があるわけである。これが所謂再製金として判例上金地金と判断されるものである(最高二八(あ)二一二六号、集九、三、五四九頁)。それで(a)融解が加工の一工程として存在する場合には、加工に吸収されてしまい、加工による新製品が右但書、右告示に該当するか否かによつて法の適用を受くるか否かが定まる。また(b)融解が最終工程である場合としての加工も存在し得るが、これは法十二条一項によつて制限される行為ではないか、又は加工の一態様であるが、その新製品は、右判例の趣旨によつて金地金としての取扱を受け法の制限を蒙るのである。それで融解自体の物理的結果によつて金地金となるか否かではなく、加工された新製品としての性格如何によつて金地金となるか否かが別れるのである。(ハ)この趣旨は、通牒(九六、一〇三)に「金地金又は金製品を潰した金地金」と両場合を併記し且後者については融解、破壊の場合を含めて金地金の生成由来を表示して、以て加工の一工程として生ずる金金属の場合を包含せしめないことを瞭にしていることからでも判る。同通牒においては(二)「許可できない場合として、金地金又は金製品を潰した金地金云々」と表示し、(一)には許可して差支えない場合として、「3金製品を潰して金地金にし云々」と表現を異にして、潰した金地金の場合は金地金として取扱ふけれども、潰して金地金とすることは加工の一工程に属し、その(一)1、(ハ)において本件の如き場合においては法に禁制されない許りでなく申請すれば積極的に許可さるべき場合に当ることを示している。-この記載事実からでも本件の場合は「潰して」材料とする場合であつて判示の如き「潰した」材料たる金地金に当らないことが瞭である。

(三) (1) そこで本件の場合を検討するに、証拠によつて証明さるる事実は、右告示六、八、に指定された附属金具金粉を三池が北村に交付して模造大判に加工することを依頼した、そこで北村は、これを加熱して融解した状態となし、不純物をセメント添加によつて除き、銀を添加して質量を定めてこれを模造大判に鋳造したのである。即ちこの一連の工作が加工であつて、これにより附属金具金粉を加工して新物件たる模造大判を製作したのである。そしてこれが、右但書によつて、積極的に法律上犯罪の成立を阻却すべき客観的原因たる事実に該当しているのである。(2) 原判決は、この加工たる工作の過程中に、附属金具、金粉等が融解した状態が存在したろうことを捉えて、この状態の金金属を金地金と判示している様である。然し乍ら、この融解した金金属は金地金ではない。何者、(イ)法二条二項の規定に瞭かな通り、その価値がもつぱらその含有する貴金属にあることが「地金」たるに加えられた条件であるのに、右の場合は、その価値は含有する貴金属にあると共に融解状態にあつてその質量と共に模造大判に加工するのに最適の物理状態にある事実か価値の中心をなしていること、(ロ)甲金属材料を融解して乙金属物件を製作する過程にある場合、甲材料そのものを地金と称することはあつても、その製作過程中の一状態を地金と称することは、用語の慣例上存在せず社会的に評価しないこと、(ハ)右の場合は、加工工程の一過程であつて、「加工」事実に包含され吸収されているので、一個の独立した事実、状態との法的評価を与えることは出来ないこと、(設例、窃盗犯人が賍物を運搬する行為)(ニ)右但書に違法阻却事由として「加工」を掲記し、「加工」とは工作を加えて新物件を製作することであるから、附属金具の状態は、常に、一応は罷むのである(一般的には新物件になる過程中には必ず旧物件でない状態が存在せねばならぬ)から、社会的、経済的評価において動的(工作中)の状態を捉えて「金地金」であると独立して評価すれば、この場合の「加工」は空文に帰し、法律が陥穽を設けて国民に臨むこととなり、法律の基本を侵すこととなること、(ホ)右(二)(4) に記載した新製品としての性格によつて金地金であるか否かが決定さるべきこと、の理由によつて、右の融解状態の金金属を金地金と認定することは、事実の法的判断をあやまり事実誤認に陥る結果となるからである。(ヘ)叙上の理由により、原判決の(2) 冒頭記載の事実認定は、事実経過の法的評価をあやまり事実誤認に陥つて、罪とならない事実を有罪と判断したあやまりに陥つているのであつて、本件の場合は右告示によつて除外された附属金具金粉を加工した事実があるに留り、従つて右但書によつて法十二条一項の適用を排斥され、罪とならない事実が存在するに過ぎない。

第三点、原判決には違法阻却理由の存在を観過し、犯意なきにこれを認定して有罪を言渡したあやまりがある。

第二点に主張した様に、本件の場合は右告示所定の物件を加工したに過ぎず右但書により法十二条一項の適用から除外されて、行為事実自体についての判断により無罪の言渡を受くべきものであるが、仮りに融解した状態等の金属を金地金と判断さるる万一のために、その場合にも左の理由によつて無罪の言渡を受くべきである根拠を上申する。

(一) 先ず証拠関係を論じて、主張する事実を瞭にする。(1) 尾形証言(一〇一-六)は、溶解と融解の字義を誤解し、溶解を加工と併記し同様に制限することの立法形態よりして融解が加工の一過程たる事実を故らに観過し牽強附会して、融解を溶解と解して一行為の終了と必ず評価すべきものとした見解を主張し、その根拠として七二一号通牒の記載を呈示している。その誤解たることは第二点に詳記した通りであるが、更に右通牒の記載を検するに「金地金又は金製品を潰した金地金」と表示しているのは、金地金及び金製品を金地金を得る目的で(鋳)潰して(融解の場合もある)作つた金地金の謂であることは寔に明瞭であつて、同証人の証言援用の趣旨には合致しない。尚この点に関連して考ふべきことは、いわゆる再製金は、金地金であるとの判例(最高二八(あ)二一二六号、集、九・三・五四九頁)以前には、再製金は金地金とは異るとの見解が権威的に存在した事実があることである。即ち、金地金の外に金地金と同様のものを作る目的で融解した(潰した)金といふ観念が法律上存在した事実に留意せねばならぬ、第二点((二)(4) 参照)即ち右通牒の記載は加工の過程に現象する融解した金金属を指すのではなく再製金に加工された金製品を指していることは瞭である。それで同証言からは、加工過 程とし 解した状態の金金属は金地金であるとの理解を当為すべき根拠にはならない。(2) 米村健一(一二六-三一)は、法施行当時財務局主催の説明会で、附属金具は法から除外するとの説明をきき、大判から附属金具を加工することは法に許された差支ないことと理解している旨を瞭にし、裁判官の「証人の解釈としては刀剣附属品は貴金属管理法から除外されて居るから溶解加工は勝手に出来ると考えているのか」との発問に「業者の立場から有利に解釈すれば溶解加工は出来ると思います」と答えている。(本弁護人は正当な法の解釈としか思はれない)。即ち同証言から、財務局の説明会の説明により、業者は、許可なくして附属金具等右告示に指定された物件を溶解し、加工することは積極的に法の統制禁止から除外されたものであつて権限ある事項に属すると観念していることを瞭にし、且その加工は、物件(大判)に加工して新製品(小柄)を製作することを含んでいるとの理解を瞭にしている。而も、その観念理解は財務局当局者の法からの除外たる説明に基くものであるから、過失なき理解であると謂はねばならない。更に、同人は昭和二十五年当時から引続き貴金属商組合の組合長であるから、組合員一般が同様の過失なき観念理解を有し得べきを瞭にしているのである。(3) 三池が北村の申向によつて法律にふれないと積極的に考えていた(四二、一八四)その北村は、加工材料たる附属金具は、主務大臣の許可なくとも溶解加工して差支なく、法の制限を受けていないと考えていた(四一)のであつて、この場合両名は、附属金具の加工が、その過程に融解した金属の状態を経過し、その状態の金属は金地金として法律上認定さるべき客観的事情であるとしても、加工として法律上許容さるると考えていたことが証拠上明白である。三池の供述調書に地金の加工の可否を知らなかつたとの供述記載が存在するけれども「地金の売買は悪いが美術品の売買は良いと思つていた」(一八一)との供述記載と、同人の公判供述及び第一点(二)(1) (4) に記載した証拠関係上、金地金を加工する場合の行為は存在しなかつたので、その述供は自己の行為の場合の意志観念に関する供述ではないと理解すべきである。

(二) (1) そこで三池の理解、意志に関する事実は次の様に確定さるべきである。財務局の説明会での説明によつて、貴金属商組合員は、附属金具の加工は法の適用から除外され、附属金具を材料とする新製品の加工は許容された行為と考えたが、北村は貴金属商(二六八-九)なので、その組合員としてその様に考えていた。そこで三池の依頼を受くるに当つてその旨を同人に申向け、三池もその理解に達した。そして、附属金具を三池は北村に材料として提供し、北村はこれに加工の実行行為をして模造大判を新製品となした。そして両名とも、その加工の工程に、融解した金金属が金地金に該当するとの観念を有しなかつた(有したとの証明はなされなかつた)。(2) そこで、三池が北村に附属金具を加工さした行為は、その工程に金地金を加工する工程を含む客観的事実があつたとしても、三池は金地金を加工するとの認識を有して居らず、金地金の加工たる工程を含んで居るとしても同人は附属金具を加工する行為であると理解したので法の適用を斥けられると理解していたとの観念意志による行為である。それで、この三池の意志観念は、単に違法の認識がなかつた場合に当るのではなく、附属金具が融解して金地金となる過程を挟む事実を理解していたとしても、それが金地金の加工に該当しない許りか附属金具の加工であつて法の適用を排斥されるのであると理解して、法律上犯罪の成立を阻却する客観的原因の存在を誤信した場合に当るのである。それで同人の行為は、犯意の点において、刑法第三十八条第三項に基く判断を受くべきではなく、同条第二項により同条第一項の適用を受くべき場合に当るのである。(参考判例、大審、大一四(れ)三〇六号、刑集四巻三七八頁。大審昭八(れ)六七七号、刑集一二巻一〇〇一頁。)

(三) 然るに原判決が、この点に関する原審弁護人の主張に判断を示さないで、一概に有罪を言渡したのは、法令の適用をあやまり罪とならない行為を有罪と認定したものである。

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